アウディの歴史

アウディの歴史

アウディの歴史

アウディ
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4つの輪が連なっているエンブレム【フォーシルバーリングス】が特徴的なアウディ。

少し前まではフォルクスワーゲンの高級ブランドラインというイメージでしたが、現在ではベンツやBMWなどと肩を並べる高級車ブランドへと成長しています。
合併や吸収などを繰り返し、いくつもの波乱の時代をくぐりぬけ生き残ったアウディは、1964年にフォルクスワーゲンの傘下になりました。

その波乱万丈のアウディの歴史は、車好きの人はもちろん、車に興味の無い人でもそそられてしまう大変興味深いものです。
今回はそんなアウディの歴史をまとめました。

「アウディ」である由来

アウディという名の由来

元々は、創始者アウグスト・ホルヒ博士に由来して「アウグスト・ホルヒ・アウトモービルヴェルケ有限会社」という名で始まったアウディ。
しかしすでにあるホルヒ社と区別が付きにくいと使用を差し止められ、ドイツ語の”ホルヒェン(聴く)”と同義のラテン語「アウディ」が新社名なりました。
このラテン語を採用する案は、ホルヒの友人フランツ・フィッケンッシャーの息子ハインリッヒが提案したものです。

アウディのエンブレムの由来

4つの輪のエンブレム【フォーシルバーリングス】は、かつてのアウトウニオン(現アウディの前身会社)のエンブレムに手を加えたものです。
アウトウニオン設立に参加した4社の団結を象徴していると言われており、それぞれ「アウディ」「DKW(デーカーヴェー)」「ホルヒ」「ヴァンダラー」の4ブランドを表しています。

アウディの歴史

1898年 創業者アウグスト・ホルヒが自ら設立したホルヒ社で自動車の製造を開始

・アウディ創始者「アウグスト・ホルヒ」
元ベンツのエンジニアであるアウグスト・ホルヒは、1898年当時工場長を務めていたベンツ社から独立し、自らの名前の付いた自動車製造工場を設立します。
工場の設立当初は自動車の修理工場だったが、やがて完成車の設計を行うようになり、生産工場と変貌しました。
1901年に第1号自動車「Type 4/5PS」を完成。

1909年:利益を重視する経営陣との確執からホルヒ社を退社。すぐに「アウグスト・ホルヒ・アウトモービルヴェルケ有限会社」を設立するが、名前の使用を禁止される。

1910年:前年の社名使用差し止めを受け「アウディ(Audi)」に社名変更
「Audi Type A」製造開始

・アウディの製造瀬売る車は2612cc(2.6L)4気筒のモデルからスタートし、その後3564cc(3.6L)、4680cc(4.7L)、5720cc(5.7L)となっていきます。

1913年 「Audi Type C」製造開始

1920年 アウグスト・ホルヒがアウディを退社

1932年 「Auto Union(アウトウニオン)」を設立。

・Auto Unionは、1929年に起こった世界恐慌を乗り切るために「アウディ」「DKW」「ホルヒ」「ヴァンダラー」の4社が結成した企業連合体です。
それぞれの得意分野に専念することで自動車メーカーとしての総合力を高めることに成功しました。

■それぞれの分野
小型大衆車:DKW
中級車:ヴァンダラー
大型車:アウディ
プレステージカー:ホルヒ

アウトウニオンは成功を収め、その後ドイツを代表するフルラインナップの自動車メーカーとして基盤を確立します。

1933年 Audi Type UW製造開始

1956年 ダイムラー・ベンツ傘下になる

1964年 フォルクスワーゲン傘下になる

1965年 アウディ「Audi 72PS」を発表

・フォルクスワーゲンの傘下になったことで、第二次世界大戦勃発で製造中止されていた「アウディ」ブランドの乗用車生産が再開されました。
前輪駆動の堅実な中級セダンを主軸とする形で80・スーパー90・100などモデルのラインナップを広げました。

1967年 日本でアウディの販売開始

・ヤナセという会社がアウディLを輸入し、販売を開始しました。

1969年 アウディNSUアウトウニオンとなる

・ロータリーエンジンの開発で知られたNSUを併合、アウディNSUアウトウニオンとなりました。
以降は80や100シリーズなどのヒット作を世に送り出しフォルクスワーゲン・グループの中~上級クラスを担うブランドとして発展していきます。

1985年 社名を「Audi AG」に変更

1992年 ヤナセによるアウディ車の輸入販売中止

・その後を引き継ぎ、「フォルクスワーゲンアウディ日本」(のちのフォルクスワーゲングループジャパン)が輸入元となり、旧ジヤクス系の「ファーレン」及びトヨタ自動車系の「DUO」店でフォルクスワーゲン(VW)と併売されました。

1998年 アウディジャパン株式会社に商号を変更。日本国内でのアウディ製品の輸入卸業務を開始

・アウディ部門が独AUDI AGが100%出資する「アウディジャパン」として分離。
フォルクスワーゲンとの併売体制になっている「ファーレン」「DUO」販売網のディーラー契約を一旦白紙に戻し、改めてアウディ専売のディーラー契約を結び直し、2001年より新CIに準拠した全国ディーラー網を始動させています。

2002年 株式会社ヤナセとの共同出資会社「ヤナセアウディ販売株式会社」設立

2007年 「アウディジャパン販売株式会社」に社名変更

・ヤナセとの共同出資で作ったディーラー「ヤナセアウディ販売」をアウディジャパン側が全部買収し、「アウディジャパン販売」としてインポーター直販体制を作ることに。

2008年 年間新車販売台数が創業以来、初めて100万台を突破

スポーツカーとしてのアウディ

1999年 プロトタイプレーシングカーを開発

・プロトタイプレーシングカーを開発し、各国の耐久レースに参戦しはじめます。
ル・マン24時間レースでは、参戦初年度で3位入賞と大健闘。

2000年 ル・マン24時間レース「R8」で初優勝

・その後、2001年・2002年・2004年・2005年に5回の総合優勝を記録しています(2003年はワークス参戦を休止)。

2006年~2008年 「R10(ル・マン初のディーゼルエンジン搭載車)」で出場し、3連覇達成

2010年 「R15」で出場し優勝

2011年~2014年 「R18(初のハイブリッドシステム搭載車)」で出場し合計で5連覇達成

・ル・マン通算勝利数ではポルシェの17勝に次ぐ13勝を挙げる一方で、1999年の参戦初年度から現在までの連続表彰台入賞記録の更新を続けています。
ファンからは「ル・マンの鉄人メーカー」と呼ばれるようになりました。ワークスドライバーのトム・クリステンセンは9勝を挙げ、ル・マン最多勝ドライバーです。

アウディの人気車種

・安定感抜群の「アウディ A1」
コンパクトなボディにして、走行時の安定感は抜群。
車内が静かなので、会話も良く聞こえます。

・2ワールドカーオブザイヤーを受賞した「アウディ A3」
久々のアウディ発ワールドカーオブザイヤー受賞車。
3ドア、セダン、スポーツバック、カブリオレのラインアップ。
水力発電で作られた電力のみでの走行を目指す「A3 e-tron」が世界的な話題に。

・ドイツ車らしい上質の外観と内装「アウディ A4」
いかにもドイツ車といった重厚感ある外観は、アウディA4の大きな魅力の一つ。
内装インテリアの質も高く、運転者に落ち着きと誇りを与えます。

・洗練された車体の美が魅力の「アウディ A5」
2010年、ドイツ国内では最高峰のデザイン賞を受賞したアウディA5クーペ。
余裕ある全長4,625mmのサイズにして2ドア、そして流麗な外観。
都会の洗練された日常で存在感を示す「車体の美」が、アウディA5の魅力の一つです。

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